東京地方裁判所 平成2年(ワ)10951号 判決 1991年10月18日
原告
荒木イネ
ほか二名
被告
有限会社シャトルコーヒー
ほか一名
主文
一 被告らは、原告荒木イネに対し、連帯して二〇八万六〇三五円及びこれに対する平成二年四月五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告荒木昭臣に対し、連帯して三四万二四四三円及びこれに対する平成二年四月五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告荒木和友に対し、連帯して三四万二四四三円及びこれに対する平成二年四月五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
六 この判決は原告ら各勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告荒木イネ(以下「原告イネ」という。)に対して、連帯して一九四〇万一五四九円及びこれに対する平成二年四月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告荒木昭臣(以下「原告昭臣」という。)に対し、連帯して一〇二六万六四四三円及びこれに対する平成二年四月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告荒木和友(以下「原告和友」という。)に対して、連帯して一〇二六万六四四三円及びこれに対する平成二年四月五日から、支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求の原因
一 本件事故の発生
1 発生日時 平成二年四月四日午後一〇時三〇分ころ
2 発生場所 鹿児島県鹿児島市西田一丁目一二番三号先歩道上
3 加害車両 被告有限会社シャトルコーヒー(以下「被告会社」という。)が所有し、被告持増英子(以下「被告持増」という。)の運転する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)
4 事故態様 荒木一昭(以下「亡一昭」という。)が前記日時・場所において歩道を歩行中、被告持増の運転する被告車が衝突した。
5 事故結果 亡一昭は、本件事故により脳挫傷の傷害を負い、これにより平成二年四月五日鹿児島市民病院において死亡した。
二 責任原因
1 被告持増は、前方注視義務を怠つた過失により本件事故を起こしたから、民法七〇九条にもとづき、原告らが本件事故で被つた損害を賠償すべき責任がある。
2 被告会社は、被告車を所有し、自己のために被告車を運行の用に供する者であるから、自賠法三条にもとづき、原告らが本件事故で被つた損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
1 亡一昭の損害
(一) 厚生年金受給権喪失の逸失利益 一三七七万一〇〇〇円
亡一昭の死亡により厚生年金の給付が打ち切られたが、厚生年金が受給者本人である亡一昭及びその収入に依存する家族の生活基盤となつていることは、労働の対価としての収入と何ら異なるところはなく、得べかりし利益を逸失したことにほかならないから、亡一昭の厚生年金額二三六万八四〇〇円をもとに、生活費控除率三〇パーセント、余命年数一一・七二年に対応するライプニツツ係数八・三〇六四で逸失利益の現価を算定すると一三七七万一〇〇〇円である。
かりに、厚生年金全額を逸失利益として認められないとしても、原告イネは、亡一昭の死亡により遺族年金として年額一四三万九〇〇〇円しか受給できないのであるから、その差額九二万九四〇〇円の亡一昭の余命年数相当額分七七一万九九六八円は損害として認められるべきである。
(二) 労働収入喪失の逸失利益 八九二万五〇〇〇円
亡一昭は、本件事故当時無職であつたが、労働意欲は十分あり、高圧ガス主任者の資格を生かすべく仕事を捜しており、また、普段から家事労働を分担し、原告イネが一時保育士をしていたため、その仕事で留守中には一手に家事を引き受けていたものである。したがつて、亡一昭の労働収入喪失の逸失利益は、賃金センサス昭和六三年第一巻第一表産業計全労働者六五歳以上年収額二九四万五〇〇〇円をもとに、生活費控除率三〇パーセント、就労可能年数五年の対応するライプニツツ係数四・三二九四で算定すると八九二万五〇〇〇円である。
(三) 慰謝料 一〇〇〇万円
亡一昭は、妻の原告イネを扶養し、一家の支柱であつたから、その慰謝料は一〇〇〇万円である。
(四) 以上損害額合計 三二六九万六〇〇〇円
(五) 相続
原告イネは亡一昭の妻、原告昭臣は長男、原告和友は二男であり、亡一昭の右損害賠償請求権を法定相続分に従い原告イネが二分の一の一六三四万八〇〇〇円、原告昭臣が四分の一の八一七万四〇〇〇円、原告和友が四分の一の八一七万四〇〇〇円を各相続した。
2 原告イネの損害
(一) 葬儀費 三九四万八二三二円
(二) 交通費 二四万五七二〇円
亡一昭が鹿児島市で本件事故にあつたため、原告らと亡一昭の妹の湯浅ヒデが鹿児島市に赴くなどしたが、それに要した交通費は原告イネが支払い、航空運賃二〇万八八〇〇円及びタクシー代三万六九二〇円等で合計二四万五七二〇円である。
(三) 医師謝礼 二万円
(四) その他 五万四七一〇円
(五) 原告イネの固有の慰謝料 五〇〇万円
(六) 弁護士費用 二二〇万円
3 原告昭臣の損害
(一) 原告昭臣の固有の慰謝料 五〇〇万円
(二) 弁護士費用 一三〇万円
4 原告和友の損害
(一) 原告和友の固有の慰謝料 五〇〇万円
(二) 弁護士費用 一三〇万円
四 以上のとおり原告イネの損害額は二七八一万六六六二円、原告昭臣及び原告和友は各一四四七万四〇〇〇円となるところ、自倍責保険から原告イネに八四一万五一一三円、原告昭臣及び原告和友に各四二〇万七五五七円の各支払いがあつたので、これを控除すると、原告イネの損害額は一九四〇万一五四九円、原告昭臣及び原告和友は各一〇二六万六四四三円となるので、原告らは、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの各支払いを求める。
第三請求の原因に対する認否
一 請求の原因一項は、1、3、5は認めるが、2、4については本件事故現場には歩道はなく、路側帯があるに過ぎず、また、衝突場所は路側帯の内ではなく、車道に出たところである。
二 同二項は、1については被告持増に注意義務違反のあつたことは認め、2については被告会社の責任は認める。
三 同三項は知らない。なお、厚生年金は労働の対価としてではなく、受給者本人及びその者の収入に依存する家族に対する生活保障のために支給されるものであるから、逸失利益の算定の基礎とすることはできず、また、亡一昭は本件事故当時六九歳で、勤労収入も労働意欲もなかつたから、就労する蓋然性はない。
四 同四項は争う。
第四抗弁
本件事故の原因は、亡一昭が、道路の安全を確認することなく、急に路側帯から車道の横断を開始したことにあるから、亡一昭にも過失があるから過失相殺すべきである。
第五証拠
本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一項については、2及び4を除き、当事者間に争いはなく、成立に争いのない乙第一号証ないし乙第一〇号証によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故現場付近道路は、常盤町方面と平之町方面とを結ぶ市道西田本通りと交差する市道(以下「本件道路」という。)で、本件道路の西側には歩行者用路側帯(以下「本件路側帯」という。)が設置され、車道幅員は約三・六メートル、本件路側帯幅員は約二・四メートルで、路面はアスフアルト舗装され、平坦で、直線で、見通しはよい。
交通規制は、最高速度二〇キロメートル毎時、駐車禁止(終日)、城西一丁目方面(北方)から中央町方面(南方)へ向けて一方通行とされている。
2 被告車は、右前部ボンネツト部分及び右前バツクミラー下部フエンダー部分に払拭痕があり、右前バツクミラーが欠落し、右前ピラーに凹損があり、右欠落した右前バツクミラーは本件事故現場近くの本件路側帯内に落下していた。
3 被告持増は、被告車を運転し、鹿児島県鹿児島市西田一丁目一二番三号先の交差点を常盤町方面から中央町方面へ向け右折し、一方通行の規制がされている本件道路を、時速約一五キロメートルで走行中、右前方約七・五メートルの地点に、亡一昭が本件路側帯上を自車と同一方向に背面歩行しているのを認め、同人の左側を通過しようとしたが、同人がそのまま本件路側帯を歩行していくものと考え、その動静を注視せず、漫然同一速度のまま走行したところ、同人が右から左へ斜めに歩行しているのを約一・六メートルの至近距離になつてはじめて気付き、急制動したが及ばず、本件路側帯から約五〇センチメートルの地点で同人に被告車右前部付近を衝突させた。
以上の事実が認められ、亡一昭と被告車との衝突地点は本件路側帯から約五〇センチメートル離れた車道上であるが、被告持増は、背面歩行している亡一昭の左側を通過しようとしたのであるから、減速徐行し、同人との間隔を十分あけ、同人の動静を十分注視しつつ進行すべき注意義務があるところ、被告持増が右注意義務を怠つたことについては当事者間に争いはなく、被告会社が運行供用者責任を負うことについては当事者間に争いはないから、被告持増は民法七〇九条に、被告会社は自賠法三条にもとづき、原告らが本件事故で被つた損害を賠償すべき責任がある。
二 損害
1 亡一昭の損害 一〇〇〇万円
(一) 慰謝料 一〇〇〇万円
亡一昭の年齢、性別、健康状態、収入、資産、家族関係等の諸事情を考慮し、慰謝料は一〇〇〇万円が相当と認められる。
(二) なお、原告らは、亡一昭の損害として厚生年金受給権喪失及び労働収入喪失の各逸失利益を主張するが、厚生年金受給権の喪失は、厚生年金が受給者の労働能力の対価としてではなく、受給者本人及びその者の収入に依存する家族に対する生活保障のために支給されるものであるから、逸失利益とすることは相当でなく、また、乙第八号証によれば、亡一昭は本件事故当時六九歳であり、就職しておらず、昭和六〇年に退職した後は一人で旅行にでかけることを趣味としていたことなどが認められ、その年齢等からして就職する蓋然性が認められないから、労働収入の喪失による逸失利益を認めることも相当でないので、原告らの右主張は採用しない。
(三) 相続
成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨によれば、原告イネは亡一昭の妻、原告昭臣は長男、原告和友は二男で亡一昭の相続人であり、亡一昭の右損害賠償請求権を法定相続分に従い相続したことが認められる。
相続後損害額合計
原告イネ 五〇〇万円
原告昭臣 二五〇万円
原告和友 二五〇万円
2 原告イネの損害
(一) 葬儀費用 一二〇万円
弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一〇号証、弁論の全趣旨によれば、原告イネは、亡一昭の葬儀を営み、多額の費用を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一二〇万円が相当と認められる。
(二) 交通費 二四万五七二〇円
甲第一〇号証、乙第八号証、弁論の全趣旨によれば、亡一昭が鹿児島市内で本件事故にあつたため、原告らと原告一昭の妹の湯浅ヒデが鹿児島市に赴く必要があり、それに要した交通費を原告イネが支払つたことが認められるところ、少なくとも二四万五七二〇円を支出したことが認められる。
(三) 医師謝礼 〇円
医師謝礼二万円の主張は、その必要性等が不明であるから、右主張は採用しない。
(四) その他 〇円
その他五万四七一〇円の主張は、その内容等本件事故との因果関係が不明であるから、右主張は採用しない。
(五) 原告イネの固有の慰謝料 五〇〇万円
原告イネと亡一昭との身分関係、経済関係、年齢、性別、資産等諸事情を考慮し、慰謝料は五〇〇万円が相当と認められる。
(六) 以上損害額合計 六四四万五七二〇円
3 原告昭臣の損害
(一) 原告昭臣の固有の慰謝料 二五〇万円
原告昭臣と亡一昭との身分関係、経済関係、年齢、性別、職業等諸事情を考慮し、慰謝料は二五〇万円が相当と認められる。
4 原告和友の損害
(一) 原告和友の固有の慰謝料 二五〇万円
原告和友と亡一昭との身分関係、経済関係、年齢、性別、職業等諸事情を考慮し、慰謝料は二五〇万円が相当と認められる。
5 以上損害額合計
原告イネ 一一四四万五七二〇円
原告昭臣 五〇〇万円
原告和友 五〇〇万円
三 過失相殺
本件道路は、幅員約二・四メートルの本件路側帯が設けられ、歩車道の区別がなされていたから、亡一昭も本件路側帯から車道に出るに際しては、車両の動静に注意を払うべきところ、それを欠くなどの落ち度があるものと認められるが、被告持増は、亡一昭の左側を通過しようとしたのであるから、同人との間隔を十分取るべきであり、車道幅員が約三・六メートルあつて、被告車を本件道路左側に寄せれば、亡一昭との間隔を十分取れるのに、それをなさず、また、同人の動静に注意を払わず、本件路側帯から約五〇センチメートルの地点で被告車前部右端を同人に衝突させるなど過失が大きく、双方の過失を考慮すると、その一割を過失相殺するのが相当と認められる。
過失相殺後損害額合計
原告イネ 一〇三〇万一一四八円
原告昭臣 四五〇万円
原告和友 四五〇万円
四 以上によれば、原告イネの損害額は一〇三〇万一一四八円、原告昭臣及び原告和友は各四五〇万円となるところ、弁論の全趣旨によれば、自賠責保険から原告イネに対し八四一万五一一三円、原告昭臣及び原告和友に対し各四二〇万七五五七円の各支払いがなされていることが認められるので、これを控除すると、原告イネは一八八万六〇三五円、原告昭臣及び原告和友は各二九万二四四三円となり、弁論の全趣旨によれば、原告らは、原告代理人に本件訴訟を委任し、弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の審理の経緯、認容額等諸般の事情によれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては三〇万円(原告イネにつき二〇万円、原告昭臣及び原告和友につき各五万円)が相当と認められるから、結局、原告イネの被告らに対する請求は、被告ら各自に対し、二〇八万六〇三五円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成二年四月五日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこの限度で認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、原告昭臣及び原告和友の各請求は、被告ら各自に対し、各三四万二四四三円及びこれに対する右同様平成二年四月五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度で理由があるから、この限度で各認容し、その余の各請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田卓)